第88話 見合い写真
文子は母と一緒に夕食の支度をしていた⋯⋯
母との仲は可でも不可でもない感じで、普段からこれと言った会話を交わす事はなかった。文子は何をやるにしても、小説のことばかり考えていたため、どことなく上の空で⋯⋯母に限らず、話しかけづらい雰囲気もあった。
しかし、今日は朝から⋯⋯
珍しく母の方から積極的に話かけて来る。そして、いよいよ、本題を切り込まれた。そう、見合いの件である。
「ねぇ、文子ちゃん、今朝のお父様からの話⋯⋯よく考えた?」
「う、うん。私⋯⋯そろそろ、結婚がしたいかな」
「別に今回の件は強制じゃありませんからね。いろいろな人と会って、じっくりよく考えて決めましょう!」
「う、うん」
文子は母からの理解ある、励ましのような言葉に⋯⋯
ちょっとだけうれしくなった。
「文子ちゃん!やだ!」
「えっ?」
本日の倉持家の夕食は⋯⋯
ハヤシの予定であったが、文子は上の空となっていたため、大量の味噌を賢明に溶いていたのだ。
「うーん、牛肉の⋯⋯豚汁?に変更かな」
文子の母が困ったような笑みを浮かべる。
文子は申し訳なさそうに⋯⋯母の指示通り、豚汁のようなものへ作り変える。
「これじゃ⋯私、ダメなお嫁さんになっちゃうわ⋯⋯」
「大丈夫!今日から私が丁寧に教えるから」
「そうだよ!ボクもついているからね!」
母と娘の会話に⋯⋯
ゴンも割り込んで来た。
その時、玄関の扉が開かれる音がする。
「今帰ったぞ!」
父、文雄の帰宅だ。
「文子!ちょっと、いいか?リビングに来てくれ!」
「はーい、今向かわせます!」
母が代わりに返事をする。
「ここは私が見てるから行きなさい」
「うん」
文子がリビングへ行くと、テーブルの上に見合い写真のようなものを置かれているのに気づいた。
「文子、それを開いて見てごらんなさい」
父に促されるように、見合い写真を手に取る⋯⋯
文子に緊張の瞬間が走る。
恐る恐る表紙を開けてみたら⋯⋯
文子が日頃から理想としていた男性が写し出されていた。
「滅多に出会えない人だぞ」
父がそう述べる。