第83話 不可視の存在

投稿日 2024.03.03 更新日 2024.03.03

 チベット密教の秘奥義として知られるタルパ⋯⋯

 その究極体系はギュルと呼ばれるもので、チベット密教の修行僧が⋯⋯およそ、十年以上もの歳月をかけて実現できるものとされている。

 そして⋯⋯

 第三者に対して見せることができるようになるとも言われている。

 不可視の存在とも言われるタルパであるが⋯⋯

 本場チベット密教のものは、自分以外の誰かにも、自分の作り上げた存在を見せることができるのだ。

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 浮島は公園のトイレ内に閉じ籠った。

 追跡者たちの視線はそこに集まる。とりあえず、浮島が出て来るまで目が離せない。更梨は街路樹の陰からじっとトイレを凝視し続ける。

 見逃す訳にはいかない。

 しばらくすると、トイレから浮島が出て来た。

「ふ、用が済んだようだな⋯⋯」

 すると⋯⋯

 トイレからまた浮島が出て来た!

「えっ!?」

 更梨が目を擦ると⋯⋯

 三人目の浮島がトイレの入口前に立っていた。

「えええ!!」

 三人の⋯⋯浮島はそれぞれ別々の方向へ歩き出した。

「なんじゃこりゃ?いったい、誰が本人だ?」

 混乱する更梨⋯⋯

 案の定、四人目、五人目、六人目と⋯⋯時間を置くように、次々と浮島がトイレから出て来た。

 街路樹に背もたれ、宙を見つめる更梨⋯⋯

「ちくちょー!とりあえず、適当なヤツを尾行するか」

 とりあえず、十人目くらいの浮島を追跡することにした。だが、しかし⋯⋯尾行を始めてから、ものの数分で浮島の姿が忽然と消えた。

「ヤツは⋯⋯分身の術でも使えるのか?こんなの初めてだな⋯⋯」

 更梨は⋯⋯

 霊感のある男であったが、浮島の本体を見破るまでの力はなかった。

 更梨は趣味でオカルト研究もしている男だった。

 それ故、公安部に配属され、浮島を始めて知った時は⋯⋯運命的なものを感じていた。

 いや、現実での面識がなかっただけで、実は学生時代のあの事件⋯⋯そう、タルパ戦争で、浮島の罠にはまった者の一人であったのだ。

「くそっ!あの時と同じような気持ちだ!」

 本日の追跡は断念して、本庁へ戻ることに決めた。更梨は警部昇進を目の前に控えており、少し焦ってもいた。