第83話 不可視の存在
チベット密教の秘奥義として知られるタルパ⋯⋯
その究極体系はギュルと呼ばれるもので、チベット密教の修行僧が⋯⋯およそ、十年以上もの歳月をかけて実現できるものとされている。
そして⋯⋯
第三者に対して見せることができるようになるとも言われている。
不可視の存在とも言われるタルパであるが⋯⋯
本場チベット密教のものは、自分以外の誰かにも、自分の作り上げた存在を見せることができるのだ。
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浮島は公園のトイレ内に閉じ籠った。
追跡者たちの視線はそこに集まる。とりあえず、浮島が出て来るまで目が離せない。更梨は街路樹の陰からじっとトイレを凝視し続ける。
見逃す訳にはいかない。
しばらくすると、トイレから浮島が出て来た。
「ふ、用が済んだようだな⋯⋯」
すると⋯⋯
トイレからまた浮島が出て来た!
「えっ!?」
更梨が目を擦ると⋯⋯
三人目の浮島がトイレの入口前に立っていた。
「えええ!!」
三人の⋯⋯浮島はそれぞれ別々の方向へ歩き出した。
「なんじゃこりゃ?いったい、誰が本人だ?」
混乱する更梨⋯⋯
案の定、四人目、五人目、六人目と⋯⋯時間を置くように、次々と浮島がトイレから出て来た。
街路樹に背もたれ、宙を見つめる更梨⋯⋯
「ちくちょー!とりあえず、適当なヤツを尾行するか」
とりあえず、十人目くらいの浮島を追跡することにした。だが、しかし⋯⋯尾行を始めてから、ものの数分で浮島の姿が忽然と消えた。
「ヤツは⋯⋯分身の術でも使えるのか?こんなの初めてだな⋯⋯」
更梨は⋯⋯
霊感のある男であったが、浮島の本体を見破るまでの力はなかった。
更梨は趣味でオカルト研究もしている男だった。
それ故、公安部に配属され、浮島を始めて知った時は⋯⋯運命的なものを感じていた。
いや、現実での面識がなかっただけで、実は学生時代のあの事件⋯⋯そう、タルパ戦争で、浮島の罠にはまった者の一人であったのだ。
「くそっ!あの時と同じような気持ちだ!」
本日の追跡は断念して、本庁へ戻ることに決めた。更梨は警部昇進を目の前に控えており、少し焦ってもいた。