第88話 見合い写真

投稿日 2024.03.04 更新日 2024.03.04

 文子は母と一緒に夕食の支度をしていた⋯⋯

 母との仲は可でも不可でもない感じで、普段からこれと言った会話を交わす事はなかった。文子は何をやるにしても、小説のことばかり考えていたため、どことなく上の空で⋯⋯母に限らず、話しかけづらい雰囲気もあった。

 しかし、今日は朝から⋯⋯

 珍しく母の方から積極的に話かけて来る。そして、いよいよ、本題を切り込まれた。そう、見合いの件である。

「ねぇ、文子ちゃん、今朝のお父様からの話⋯⋯よく考えた?」

「う、うん。私⋯⋯そろそろ、結婚がしたいかな」

「別に今回の件は強制じゃありませんからね。いろいろな人と会って、じっくりよく考えて決めましょう!」

「う、うん」

 文子は母からの理解ある、励ましのような言葉に⋯⋯

 ちょっとだけうれしくなった。

「文子ちゃん!やだ!」

「えっ?」

 本日の倉持家の夕食は⋯⋯

 ハヤシの予定であったが、文子は上の空となっていたため、大量の味噌を賢明に溶いていたのだ。

「うーん、牛肉の⋯⋯豚汁?に変更かな」

 文子の母が困ったような笑みを浮かべる。

 文子は申し訳なさそうに⋯⋯母の指示通り、豚汁のようなものへ作り変える。

「これじゃ⋯私、ダメなお嫁さんになっちゃうわ⋯⋯」

「大丈夫!今日から私が丁寧に教えるから」

「そうだよ!ボクもついているからね!」

 母と娘の会話に⋯⋯

 ゴンも割り込んで来た。

 その時、玄関の扉が開かれる音がする。

「今帰ったぞ!」

 父、文雄の帰宅だ。

「文子!ちょっと、いいか?リビングに来てくれ!」

「はーい、今向かわせます!」

 母が代わりに返事をする。

「ここは私が見てるから行きなさい」

「うん」

 文子がリビングへ行くと、テーブルの上に見合い写真のようなものを置かれているのに気づいた。

「文子、それを開いて見てごらんなさい」

 父に促されるように、見合い写真を手に取る⋯⋯

 文子に緊張の瞬間が走る。

 恐る恐る表紙を開けてみたら⋯⋯

 文子が日頃から理想としていた男性が写し出されていた。

「滅多に出会えない人だぞ」

 父がそう述べる。