第78話 人身御供

投稿日 2024.02.29 更新日 2024.02.29

 文子は思案に暮れていた⋯⋯

 自宅近くを流れる川の橋の上で、欄干にもたれかかり、流れ行く水面を⋯⋯寂しい目で見つめ続けていた。

「結局、私には⋯⋯文学の才能がなかったのかな」

「文子ちゃん⋯⋯」

 ゴンも今の文子にかける言葉が見つからない。

 とりあえず、本日の文子は大勝利だった⋯⋯パチンコやパチスロに関して負け知らずだった。

 ただ、どれだけパチンコやパチスロに買っても、文子の心に⋯⋯ぽっかり空いた大きな穴を埋めることはできなかった。

「ゴン、私⋯⋯今日からパチンコ、パチスロもやめるわ」

「⋯⋯」

「結婚を真剣に考えるわ」

「そ⋯⋯そうだね!良い相手を見つけて幸せになろうね」

「私が結婚しても死ぬまで一緒だよ!ゴン!」

「う、うん」

 その時である⋯⋯

 背後で車の停車する音がした。文子は何気に振り向くと、そこには黒塗りのセンチュリーが止まっていた。

「なんだろう、すごい高級車だ⋯⋯」

 すると⋯⋯

 後方座席の窓が静かに下がり、車内から⋯⋯まるで、一部上場企業の役員か国会議員でも思わせるような、貫禄ある中高年の紳士が顔を覗かせて来た。

「お嬢さん!すまない、道を尋ねたいのだが⋯⋯〇〇駅へ向かうにはどっちの道へ行けば良いだろうか?」

「右側の道へ行けばすぐに〇〇駅ですよ」

 紳士の隣、奥の座席には⋯⋯秘書ともまた違う感じのする中年女性が座っており、笑顔で文子に軽く会釈し手を振っていた。 

「そうか、すまない。ありがとう!」

「あ、いえ。どうぞ、お気をつけて」

 そして、車がゆっくり動き出すと、文子が伝えた通り、右の角を曲がって静かに去って行った。

「すごい高級車だったね!ゴン!」

 文子は少し興奮していた。

 しかし⋯⋯

 ゴンの様子がおかしい。目を大きく見開き、瞳が小刻みに震えていた。

「ゴン?どうしたの?」

「玉ちゃんだ⋯⋯」

「え?」

 ゴン曰く⋯⋯

 あの紳士の隣に座っていた中年女性は⋯⋯

 どうやら、文子に召喚される前、ゴンと一緒に過ごしていた人らしいのだ。ゴンは江戸時代、うら若き一人の乙女と共に、人身御供として一緒に井戸へ埋められた過去があった⋯⋯