第71話 遥かなるチベット
ここはインド、ダラムサラ⋯⋯
チベット亡命政府のある地方都市だ。
寺院最上階から、遥か遠くに霞むヒマラヤ山脈を見つめる高僧がいた。
「何としても、取り返さねば⋯⋯」
高僧の名はナンジャ・コラパップ⋯⋯
チベット亡命政府の外相だ。ヒマラヤ山脈の向こう側にある⋯⋯今は中共に奪われた故郷に思いを馳せていた。
その時、子供のような小走りの音が鳴り響く。
「お師匠様!お師匠様!」
コラパップの従卒である稚僧が、何かを知らせにやって来たようだ。
「修行僧たる者がなんですか!おちつきなさい!」
「も、申し訳ございません!でも、大変なことが起きています!」
「大変なこと?事務方からは何も報告は上がって来ていませんよ」
「これをご覧ください!」
稚僧は懐からスマートフォンを取り出すと、コラパップに何かを見せるよう画面を向けて来た。
「ん?」
コラパップが眉間に皺をよせ、画面を凝視する⋯⋯
画面に映し出されていたものは、日本の巨大掲示板「たらばがに」オカルト板であった。
「な、なんですか!これは!」
「日本ではチベット密教の知識を悪用する者たちがおります!」
「け、怪しからん!」
コラパップは再び、窓の方を向き、ヒマラヤ山脈を望む⋯⋯稚僧は固唾を飲み、コラパップの背中を見つめる。
「これを止めねば⋯⋯」
コラパップは稚僧に指示を出す。
今晩から別棟の茶室に籠るので⋯⋯バター茶の入ったポッドを持って来て置いといてくれと告げた。そして、翌朝、日が昇るまで⋯⋯絶対に部屋の中を覗かないよう強く言い聞かせた。
稚僧は黙って頷くと、すぐに言われた通り行動を起こした。
ヒマラヤ山脈が徐々に赤みを帯びて来ていた⋯⋯
このコラパップと言う高層であるが、表向き、外相と言うことで温厚な態度を装っていたが⋯⋯実は、チベット解放戦線の最高指揮官でもあり、これも表向きであるが、インド陸軍の亡命チベット人部隊として実働していた。
気がつくと⋯⋯
すぐ近くで、腕を組み柱にもたれかかる一人の青年僧が立っていた。
「ふん、相変わらず頭の中は作戦会議か?」
どうやら、癖の強そうな訳ありな弟子の登場だ。