第72話 青年僧の葛藤

投稿日 2024.02.24 更新日 2024.02.25

 コラパップは再び窓の方を向く⋯⋯

「なんじゃ、タイラーか⋯⋯いつからそこにいた?」

「さっきから二人の会話を聞いていたよ」

 しばし、沈黙の時が数秒間、続く⋯⋯

 コラパップは深いため息をつくと、タイラーなる青年僧にこう告げた。

「来週、カシミールの中印国境へ行ってもらうぞ」

「何のために戦うんだ?」

「もちろん、我らが故郷を取り戻すためじゃ」

「それは命令か?」

「命令じゃ」

 再び、沈黙の時が少し、続く⋯⋯

「中国の心霊気功に対抗するためには⋯⋯お主の力が必要じゃ」

「わかったよ⋯⋯行くよ」

 タイラーはコラパップに背を向け立ち去る。

 師匠に対する言葉遣いの悪さからも見て取れる通り⋯⋯

 タイラーは虚無感に苛まれていた。

 タイラーは亡命チベット人三世で、インド生まれのインド育ちである。チベット人と言うだけで背負わされた宿命に苛立っていたのだ。

 回廊を歩きながら、タイラーはつぶやく⋯⋯

「俺は⋯⋯俺自身のために生きたい!」

 すると、先ほどの稚僧がタイラーの後を追いかけて来た。

「兄貴ぃ!待ってください!」

「どうした?師匠の言いつけは済んだのか?」

「はい!それより兄貴!兄貴もこれをどう思いますか?兄貴もタルパを作れますよね?」

 スマートフォンの画面を差し向けてきた。

「ふん、くだらん!」

「僕もタルパ⋯⋯作りたい!」

「ダメだ!あれは絶対にやっちゃダメだ!お前は勉強ができる。将来は海外へ留学しろ」

「兄貴はチベットはどうでもいいんですか?僕たちの故郷ですよ!」

 タイラーは立ち止まり、稚僧の方を振り向くとしゃがみ込み、両手を稚僧の肩に乗せた⋯⋯

「いいか、俺の話を聞け。世界は広い⋯⋯お前が今、手に持っているスマホの画面に映し出されたものも⋯⋯まやかしだ」

「⋯⋯」

「一番大切なことは、自分の頭で考えることだ」

「自分の頭で?」

「そうだ、その画面の⋯⋯なんだ?掲示板か?そこに書き込んでいるバカ共と同類だけにはなるな」

「う、うん⋯⋯なんか、わかった」

「よし!お前は良い子だ」

 タイラーはそう言うと、立ち上がり、その場を去った。