第89話 管狐の感
全身に稲妻が走る文子⋯⋯
プロフィールを見て、絶対にものにしなければならない男性と確信した。相手の男性は⋯⋯そう、黒川倫太郎である。
「り、倫太郎さん⋯⋯」
文子の胸の鼓動は高鳴り、完全に一目惚れ状態に陥った。
小説ばかりの日々を続けていたが⋯⋯
これまでの自分の視野の狭さに反省するばかりであった。倉持文子、25歳の新たなる戦いが⋯⋯今、ここに始まった。
本日、この後の倉持家の夕食は⋯⋯
「おい、今日の⋯⋯なんか珍しいな。牛肉の豚汁か?」
父、文雄の⋯⋯そんな微妙な言葉から始まる。
気まずそうな笑みを浮かべる母と文子の二人⋯⋯ただ、数年振りに会話で弾む食卓となった。
夕食後、風呂を済ませ自室へ戻る文子⋯⋯
倫太郎の写真を再び見つめる。
「ねぇ、ゴン。この人、どう思う?」
「う、うん⋯⋯」
そう言えば、父が帰宅してから⋯⋯ゴンの様子が少しおかしい。
塞ぎ込み気味になるゴン⋯⋯
「どうしたの?ゴン」
「その写真から⋯⋯強い念を感じるんだ」
「それは、悪いものなの?」
「ちがう。ただ⋯⋯」
言葉を詰まらせるゴン。
そんなゴンの様子を見たのは初めてだった。もしかして⋯⋯嫉妬しているのか?文子はそう思った。
「ごめん!ごめん!ゴンちゃん!構ってあげられなくて!」
文子はゴンを抱き上げ、頬ずりをする。
逆にそれに驚くゴン⋯⋯
「文子ちゃん⋯⋯ちょ、ちょっと待ってよ!違うよ!」
「違うって?」
「僕は別に寂しい訳でも嫉妬している訳じゃないよ!」
「何かすごい落ち込んでいたようだったけど?」
「その写真から玉ちゃんの匂い(=念)もするんだよ!」
「えっ?どういうこと?」
「もしかすると⋯昼間、あの高級車に乗っていたおじさんは⋯⋯倫太郎さんって人の父親だったかもしれないよ。カンだけど」
手を顎にあてて考え事をする文子⋯⋯ただ、それを今考えたところで意味はない。もう、運命にこの身を委ねようと決意した。
「ゴン、もう考えるのよそう!あとは運命に任せよう!」
「そ、そうだね」
ゴンは笑顔を取り戻し、普段通り、文子と接するよう気持ちを改めた。