第54話 回想

投稿日 2024.02.12 更新日 2024.02.12

 千夏はよろよろの状態になりながら、就職予定先へ向かう⋯⋯

 自宅から電車で二駅乗ったところにある。ちょうど、学校と反対方向の下りとなる。夏休みともあり車内は閑散としていた。

 座席に座りながら、徐にスマホを取り出す。今日は朝からヘロヘロ状態であるため、掲示板への書き込みを行う気すら起きなかった。

 それは数年前の話である⋯⋯

 姉、世夏が亡くなった直後から、千夏は不可思議な体験をするようになったのだ。自分のところに、幽霊なのか何なのか⋯⋯よくわからない存在が現れるようになったのだ。

 それは⋯⋯目の前に現れて見えると言うより、頭の中に存在しているような感じで、自分に対していろいろなことを伝えて来るものであった。

 千夏は元々、オカルトやスピリチュアルに興味がなく、幽霊なんか信じていなかった。いや、今も神すら信じていない。

 このため、ネットで心理学や精神医学の方面を調べるところから始まった。結果、謎の存在はイマジナリーフレンドだと信じるようになった。

 しかし、イマジナリーフレンド界隈にデビューするも、統合失調症呼ばわりされて、誰にも相手にされなかった。

 イマジナリーフレンドは⋯⋯基本的に幼少期に発現する生まれつきの心理現象となるため、高校生になってから初めて現れたものは、そうでない可能性の方が高いと見られても致し方なかった。

 そこで、タルパ界隈に目が向けられた⋯⋯

 当時のタルパ界隈のSNSコミュニティでは、カポネさんと言う憑依を得意とするタルパ実践者が大人気だった。

 これを見た千夏も奮起して真似を始める。

「我が名は森蘭丸である。信長様の命を受け惚気切ったこの世界を正す者なり」

 千夏がファースト・コンタクトした存在は⋯⋯

 戦国時代の美少年と知られた森蘭丸であった。千夏はそんな回想をしながら⋯⋯車窓の流れ行く景色を漫然と見つめていた。

「蘭丸ちゃんは⋯⋯私の⋯⋯」

 ふと、気がつくと、向かいの座席の一番端に、奇妙な中高年の男性が座っていた。足を組みながら、千夏の方をじっと見つめていた。

 千夏は気味の悪さを覚え、目が合いそうになったところ急いて逸らした。もうすぐ降りる駅だ。

 とりあえず、席から立ちあがり、その場から立ち去ろうとした。